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浴衣の代表格「有松鳴海絞り」の歴史をご紹介します2018.08.01

浴衣の代表格「有松鳴海絞り」の歴史をご紹介します

浴衣が楽しみな季節になりました。高級浴衣の中でも有名な「有松鳴海絞り」の浴衣。

今回は絞り浴衣の中でも有名な愛知県発祥の「有松鳴海絞り」の歴史についてご紹介することで、浴衣の魅力について新しい発見をしたいと思います。

【有松、鳴海の地、誕生の歴史】

江戸時代のはじめ、有松、鳴海の地域は荒地でした。そのため、付近を通る東海道に対し、あまり良いイメージが抱かれていなかったのです。

この問題を解決するために、新たに人が住む地域をつくることとなって誕生したのが有松、鳴海の地域なのです。
当時、この荒地から現代に息づく美しい「有松鳴海絞り」が誕生すると誰が想像できたでしょうか。
何もなかった荒地から伝統的な浴衣の技術が生まれるというのは、とても感慨深いことですね。

【竹田庄九郎の登場と手ぬぐい】

さて、この有松の地に人々が住むようになった頃、竹田庄九郎という人物がいました。
有松の地は稲作には合わず、その上宿泊施設を営むことも難しい環境です。

当時名古屋城の建設のために九州から人がやって来ていた中で、庄九郎は「有松絞り」の原石を見つけます。
それは、九州の人たちが着ていた絞り染めでした。

庄九郎はそれを見て有松絞りの元となる、絞り染めの手ぬぐいを生み出し、それを商売にしたのです。
東海道の途中にあるという地の利や、汗をふくためにすぐ必要だったこと、また軽いことなど、自分が使うためと、お土産需要があり、瞬く間に絞り染めの手ぬぐいが評判になりました。

稲作も宿泊業も営めない有松の人々にとって、絞り染めの手ぬぐいを街道の利用者に売ることは、とても重要なことだったのでしょう。

【有松絞りの全盛期】

有松や鳴海で絞り染めが盛んになると、周辺の地域でも絞り染めが行われました。
これを受けて有松や鳴海は絞り染めの独占権を求めるようになります。
その結果、絞りの生産は有松、鳴海の権利となり、町並みも絞りの繁盛とともに豪華になりました。

しかし幕末の凶作による影響でその独占権は解除され、絞りはだけでなく全国で行われるようになります。
この期間に急速に衰退していきましたが、明治半ば以降に新しい技法を発明し特許を得たことで再び勢いを盛り返し、全盛期を迎えました。
時代の波にもまれながら、その火は消えることがなかったのです。

【現代に続く有松鳴海絞り】

第二次世界大戦中には衰退の傾向にありましたが、戦後にはその魅力をもって再び勢いを取り戻します。
戦後の景気の中で生産性が向上する一方、時代の変化による着物離れや、絞りの技術を伝える人材の減少が起こりました。

有松鳴海絞りは400年の歴史の中で100種類もの技法が生まれてきました。その中には技法の継承が途絶え、消滅した技法もあります。有松絞りは伝統工芸品に認定され、流れる時代の中でもその魅力と輝きが色あせることはありません。

毎年6月には、江戸時代より受け継がれてきた伝統工芸有松絞りの魅力を十分に堪能できる有松絞り祭りが行われます。

街並みに映える絞りは本当に素晴らしいですよ。ぜひ一度足を運んでみてください。

有松鳴海絞りに隠された歴史を知った上で浴衣に腕を通すと、また新たな有松鳴海絞りの魅力が目の前に広がるのではないでしょうか。

 

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おかもとたかこ

神楽坂、多千花きもの着付け教室主宰。理論的でわかりやすい個人レッスンが人気。海外在住の生徒さんも多い。
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